久しぶりに、『土佐っ歩』実施 ~馬路村に森林鉄道遺構を訪ねる~

 m-IMG_1600.jpg高知市から車で約2時間。高知県東部の馬路村・・・『ごっくん馬路村』や『ぽん酢しょうゆ ゆずの村』など、首都圏のマーケットでもお馴染みのものがあるので、ご存知の方もいらっしゃるかも。この村のもう一つの自慢が、秋田杉、吉野杉と並んで日本三大杉美林とされる魚梁瀬(やなせ)杉で、高知県の県木にも指定されています。
 『土佐っ歩』では、10月10日(木)に馬路村を訪ね、約半世紀に亘って魚梁瀬杉を海辺の町まで運んだ魚梁瀬森林鉄道の遺構などを見て回りました。今回は、口コミでお誘いした会員外の方も加わり、9名が車2台に分乗して午前9時半、高知市を出発。途中、安芸市名物イモ天に甘い秋の味覚も感じながら、澄んだ青空を楽しみながらのドライブとなりました。
m-IMG_1533.jpg 昼にコミュニティセンター馬路温泉に到着。アメゴや土佐ジローなど県東部ならではのランチの後、午後1時半からいよいよ地元の団体『馬路村公認 むらの案内人クラブ』の案内で、森林鉄道遺構等を訪ねる小ツアーが始まりました。

森林鉄道の概要と歴史
 魚梁瀬杉など県東部の森林資源は、江戸期には土佐藩の貴重な財源でした。幕末や戊辰戦争の際、土佐藩が活躍できたm-DSCN1703.jpgのも、この財源によるところが大きかったと言われています。明治から昭和にかけて、この森林資源搬出のため敷設され大活躍したのが魚梁瀬森林鉄道でした。明治44年に一部開通した鉄路は、軌間(レールの幅)僅か762mm。トロッコ並みの軽便鉄道でしたが、最盛期には、その総延長は251kmにも及びました。そして、木材だけでなく、人も生活物資も郵便物も運び、沿線の町村にとって、なくてはならない交通機関だったのです。
 しかし、魚梁瀬ダムの建設とモータリゼ―ションの波に押される形で、昭和38年、惜しくも全線廃止され、その線路跡の多くは、道路に転用されました。

 私たちが、地元で小学校長をされていた案内人さんによる丁寧なご説明を聴きながら訪ねたのは、村内2か所の元m-IMG_1536.jpg鉄道トンネル。明治44年開通の「五味隧道」と大正4年開通の「河口隧道」です。ともに経済産業省の近代化産業遺産群に認定されています。特に「河口隧道」は通り抜けが可能で、真っ暗なトンネル内を歩いていると、汽笛を鳴らしながら機関車が走ってきそうな気がしました。

ゆずの森加工場
m-CIMG0098.jpg 馬路村のゆずの歴史は、平家の落人によって伝えられたと言われているほど古いのですが、この加工場が完成したのは平成18年のことです。魚梁瀬杉をふんだんに使った工場は、スリッパなしがオススメ。心地よい感触が足裏に伝わり、木の優しい香りに包まれます。
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 今では、この工場を核に、馬路こだわりのゆず製品を産地直送で全国へ発送しており、そのしくみは、階上からすべてガラス越しに見学できるようになっています。ただ、人気の『ごっくん』は夏場が勝負ということもあり、残念ながら製造ラインはストップしていました。また、お中元とお歳暮のちょうど間の時期ということもあり、数人が発送作業をしているだけでしたが、製造から発送までのラインをゆっくり案内していただき、最後に美味しい『ごっくん』をごっくんと飲んで、満足な終了でした。

復活馬路森林鉄道に乗車!!
m-IMG_1535.jpg 全廃された森林鉄道ですが、関係者の熱意により、村内2か所に観光用の鉄道が復活。休日を中心に運行されています。そのひとつが『馬路森林鉄道』。
 原則8月以外は日祝日しか営業していない『馬路森林鉄道』ながら、この日は、私たち9名だけを乗せて「特別運行」していただき、大感激。子どもにもどって、300mの鉄路を2周するミニミニ鉄道旅を大いに楽しみました。

歩いた後の『オタノシミ』
 m-DSCN1717.jpg10月とは言え、まだまだ午後は暑いのが高知です。後のビールが旨い。最後のオタノシミは、海岸沿いの奈半利町での土佐のお客(宴会)です。午後6時から2時間、マグロなど魚が美味しいと評判のホテルで、楽しくしゃべって飲んで。最後は、県東部の人気の土佐酒『南』を冷酒でいただき、みんな気分良くお開きとなりました。(車の運転手2名は、ちゃんとホテル泊いたしましたので、ご心配なく!?)

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